Daughtry
Daughtry

匿名の音楽ファンがネットで語った言葉が実に的確に言い表している。Chris Daughtry のフェニックスのごとき飛翔が、変転を続けるロックという音楽に寄与した功績についてだ。ブログの記事は言う。Daughtry はまるで停滞する音楽界に届けられた一服の清涼剤であり、バンドがレコーディングでなしたことは、「おんぼろのバイオリンが名匠の手によって見事な音を出したようなもの」。この清涼剤は「ピュアでソウルフル」、プロの音楽記者も賛成している。「Daughtry は圧倒的である」とUSAトゥデイ紙。ローリングストーン誌も「ホームボーイがすばらしくロックしている」と褒めた。デビューアルバムがダブルプラチナになり今まだ売れ続けているという驚異的な現象が本当に意味するインパクトとは、さまよい続けていた若い音楽ファンが新たにロックの旗手を見つけることが出来た事実に他ならない。

いかなる基準を持ち出しても疑いようのない真実は、バンド Daughtry がロックというジャンルをほとんど単独で再生させ絶滅の危機から救い出したこと。ブルージーで骨太のシングル「What I Want」、イメージが壊れる苦悶を歌い上げた「Feels Like Tonight」、放浪を続けた後に故郷を目指す「Home」、そして正義の怒りの「It's Not Over」。ノースカロライナ出身のChris Daughtry はこうした見事な曲を集めて燃え立つモザイクのようなアルバムとしてこの時代に送り出した。

アルバム『Daughtry』はまた、前代未聞ともいえるスケールの売り上げとチャートの記録を打ち立てたことで、ロックの伝説を復活させたのだった。発売数ヶ月にして、ロックのデューアルバムとしては近年なかったスピードと数字において売り上げ記録を作った。『Daughtry』は2006年11月発売、第1週で30万枚以上を売り上げチャート2位、そしてその後アメリカ国内では一度ならず二度までもセールス首位を記録し、サウンドスキャン調査が始まって以来の快挙を成したのだった。

Chris Daughtry が確信していたのは、その経路がいかなるメディアであろうとも、ファンとのダイレクトな結びつきこそが、彼の音楽を取り巻くサークルの輪を広げていく原動力だということだった。そしてそうしたファンとの関係を一層強固なものにするには、ほかのアーティストの曲であれ自分のものであれ、バンドでの活動こそが懸命な手段だとその鋭い直観で理解していた。本人が語っている。「いつも考えていたんだけど、バンドでやることの良い点はメンバー同士で自信を分かち合えること。互いの強みを活かし合うことで、毎回の演奏ごとに、何か特別なことを起こすチャンスが得られるんだ」。バンド自体がそのことをしっかりと証明していて、2007年には早くも必見のコンサートに数え上げられた。「Daughtry はオーディエンスの心をがっちりと掴み、しかもバンドの成功はまだまだ始まったばかりのように思える」と、サンフランシスコ・クロニクル紙は書いている。

それにしてもなんという「始まり」だろう。ダブルプラチナに輝いたアルバム『Daughtry』は、そのリリース以来ビルボードトップ200アルバム・チャートの5位圏内に留まり続け、3位圏内9週間以上となったのは2006年の大ヒット・サウンドトラック『High School Musical』以降初めて、ロックバンドとしての連続記録は2002年のCreed 以来の快挙なのである。また、『Daughtry』は2位以下でデビューしてその後トップに立ったロックバンドのアルバムとしては実に20年近くぶりで、前回はBon Jovi の1988年の傑作『New Jersey』だった。

バンド Daughtry はまたデジタル配信の世界にもしっかりと浸透していて、アルバムはそのリリース以来かなりの長期間にわたって iTune のトップ10に居座り続けていた。デビューシングル「It's Not Over」は、ダウンロード、携帯電話、ラジオとあらゆるフォーマットにおいてチャートを席捲、ビデオにいたってはVH1 のトップ20カウントダウンに2ヶ月連続で、MTV でももっともよく流されたものとなった。

Chris Daughtry は言う。「アーティストとして望むべく最高のかたちでデビューできたんだ」。